長崎と天草四郎

長崎と天草四郎

今年の9月長崎へ久しぶりに行った。

かなりオフ日で、ゆったり長崎の海や大自然を堪能した時間だった。

その帰りの道中、車のナビが「佐賀県に入りました」と言った瞬間、すなわち長崎県を出た瞬間、、

どゎーー!!っと強烈な滝のように何かが降ってきた。それは劣等感?罪悪感?言葉には表せぬ重めな印象。

それは「なぜ、島原に来てくれなかったんだ?」と言わんばかりに僕を襲った印象だった。

何としてでも早いうちに絶対に長崎島原の地に行くと決めたのはその時。

とうかさんでもお世話になっている友人の谷口さんが島原へ墓参りに行くという話を伺い、今年の墓参りに便乗させていただく流れになった。

長崎からのメッセージはこれだけではなかったと思い出すようになった:

2017年年始に舞台「赤魂」で十輝が担当した役は長崎出身の登場人物であったり

「美輪明宏の若い頃にそっくり!!」と言われ、調べ上げると長崎出身である事を知ったり(ちなみに美和さんは自分の中に天草四郎の前世があると話している)

今年夏には長崎出身の歌手前川清の前座で歌を歌わせていただいたり

今年は散々長崎だ

谷口さんの墓参りの日も11/12で

僕はその日は元々ステージが入っていてやっぱり行けないのかと思った瞬間、そのステージ担当の者から電話がかかって来て「ごめんなさい、あの日の演奏は無くなりました」と何ともタイムリーなキャンセルの連絡が来るなどという奇跡の連発が続き

僕は島原に足を運ぶ事が実現した

その1日は何とも自然な流れだった

天草四郎が気になっていたので彼の墓へ行ってみるなどしたが、当日何か雷が落ちるような出来事は無かった。が、これがこの先の大きな流れを生み出す元日となることを

魂の奥底気づいていたのだろうか

その数日後、鹿児島を歩いていて出逢った守屋夫婦もタイムリーな奇跡を起こしてくれた

守屋家の長女、さきちゃんが僕のオーラを見て感じて話してくれた

「大きめな十字架が見えるね」とその小学生は言った

驚きのあまり聞き返すほどだった。彼女は僕の名前の漢字を見たことももちろん無いのだ。

確かに父はアメリカ人でクリスチャン的教育は多く受けて来たが

大人になってここずっとお寺や神社、仏教や神道との絡みが多かった。

天草四郎と会って何かが説かれたのか、幅を増しているというのが一番響の良い言い方である。

解放された自分の新次元。認めざるを得ない。

その守屋夫妻が紹介してくれたのが

島原国見の強烈ななおみさん

彼女の引力に飲まれ混むようにしてこの土地との縁が深まっている

来月、再来月何かと行く予定、LIVEも決まっていく

20歳の頃に大きな衝撃を与えてくれた

「ロックバンドおかん」

なおみさんは彼らのLIVEもこの長崎の土地で主催していて、今後の大きな化学反応を楽しみにしてくれている。僕も何もわからないが、最高の最高の予感だけはしている。

石川県ぶりのズッシリ感だ

土地との縁というものはどんな事なのだろうか。

Bookmark this on Google Bookmarks
Pocket

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です