流し

ここ一週間ほど

久しぶりに「流し」を連日行った

1人で旅をする中、ヒッチで全国を回っていた5年前

毎日のように繰り返していたし、

だいぶ慣れてきている事は否定しない

今年1月に受けたヴィパッサナー冥想の10日間

仕事を全てストップしていた為

そのぶんの出稼ぎという事もあり、今回は九州のご縁ある街を転々と歌い歩きCDを売って回った

結果的に今感じている想い:

1. やっぱりお金は追いかければ逃げる

2. 1人で熟す内容は勿体無い

3. 全ての行動の裏の想いをもう一度問う

1. やっぱりお金は追いかければ逃げる。

「お金」大きなアジェンダだね

10代の頃、何も考えなくても

回っていた事が奇跡に思えるほど

今や、ややこしい課題だなぁと感じます

お金はもともと

エネルギーそのものではないんだ

地球上のあらゆるエネルギーと交換する事が出来うるチケット

僕の体験上の例をあげると、

18のころ、全国47都道府県を回りながら各県で10枚以上CDが売れたら次の県にいく、というルールで回った。

結果、その10枚売るにはどこへ行きたいどのような作戦で、誰に尋ねて。。

と行った、ことを考え

どうやって稼ぐかを考える前に

旅の内容や目標へ真っ直ぐ向き合い

貫き通すことが、結果的に収入へと繋がった

その後、全国を回りきったよく年

花見の同じ時期に広島や他県の花見スポットを巡って同じように稼ごうと思っても、

あの時のような流れを一度も生み出せた事はない。

それは、やはり頭で考え始めた瞬間から自然的流れ、自然的エネルギーと調和していないからなのだろう

旅の内容よりも

稼ぐことが前提になった瞬間

お金は背を向けて遠い存在のような顔をします

なんででしょう。

やはりそれは、

「稼ぐ」ということは

単なる結果でしかないからなのでしょう

結果は僕らには決して左右することはできない。コントロール範囲外のエリアだ。

僕らは、過去の単なる結果に左右され

またそれを起こそうと努力しますが、もうその時点で趣旨も重きも違うところにあるのです

今週の話に戻すと、

最初の数日は「流し」モードに入れただけで、街を行く全ての背広のおじちゃま達を円マークで見る訳でした。

けど、面白いほどにはっきりとメッセージを大自然は与えてくれます

出稼ぎモードに入ってる時点で

想像を超えたレベルの出稼ぎには決してならないのでした

なんどもなんども背負ってきたこの

「流し」モードの癖を

一個一個外しながら、この一週間九州で歌い歩きました

共に旅をしているあやのちゃんと

毎回振り返りとシェアの時間を取りながら

今のあり方をむきあいました

今、

今、

毎回今

これほども弱い人間の心という凶器と向き合いながら



今を見つめます

2. と3. は続く、、

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